我不能仍掉的中文课本和邮票

中国語のテキストも引っぱり出してみたら、かなりな量になった。いっそ全部処分しようと思ったけど、いちいち読み返していたら思い出が蘇ってきて(私の悪い癖)、処分したのは結局半分どまりだった。
我拉出来看才知道:中文课本也相当多。我本来打算干脆处理全部书,不过一一重读起来就想起往事(这是我的毛病),结果处理的课本没有超出一半。



  上段:大学ではじめて手にしたテキスト『標準 中国語1』から小説『活着』まで、並べてみると我ながら感慨深い。
  下段:資格取得に燃えていたときもあったっけ。何級まで取ったかは不問に願います(笑)
  上层:从我读大学时第一次拿在手里的课本《标准 中国语1》到小说《活着》,摆起来看看,连我自己也感慨无量。
  下层:我也有时候为了取得资格专心用功。请不要问我最后取得了几级(笑)



社会人になって中国語に再挑戦したときお世話になったNHKラジオ講座のテキスト。大学で習ったことはすでにうろ覚えになっていたため、発音の基礎からやり直したのであった。
走上社会后又开始学中文时,我跟学的NHK收音机讲座的课本。那时侯在大学学的内容记得不太清了,因此从发音的基础开始重新学的。




昔はよく辞書にものを挟んでいた(新札とか)ので、処分する前に中を確認。新札は出てこなかったけど、四つ葉のクローバーを見つけた。
我以前常常在词典里插入东西(如,新钱),所以我确认里面才处理了。虽然新钱没有出来,但是我发现了四片叶子的三叶草。




大学時代の中国語テキストには漢詩と自作『虎の巻』が挟まっていた。漢詩のプリントは中国語の最後の授業で先生が配られたものだ。久々に目を通したら何と二胡曲「陽関三畳」の元になった詩ではないか! プリントの内容は忘れていたけど、捨てずに取ってあったあたり、何だか縁を感じるなぁ。
在大学时代用的一本中文课本里插入着汉诗和自己做的《虎之卷(自学书)》。汉诗的印刷资料是在最后的中文课上老师给我们分配的。时隔多年重看,才知道:它竟然是成为二胡曲《阳关三叠》的题材的诗啊! 虽然忘记了资料的内容,可是没有把它仍掉而保存着,所以总觉得有什么缘分。




そして忘れもしない、小学4年生のクリスマス、サンタさんが枕元に置いていった24色の色鉛筆。ぼろぼろだけど、もちろん捨てられず。
决不忘记的24种颜色的彩色铅笔;是我小学4年时,圣诞老人放在我的枕边的。虽然它已经是破破烂烂,当然我不能仍掉。




こちらは色鉛筆とほぼ同じ頃に伯父からもらったもの。
这是在跟我得了彩色铅笔差不多一样的时候,我舅舅给我的东西。




切手収集家だった伯父が、切手に興味を示した私のためにわざわざ新品のアルバムを買って、切手のはがし方やセロファンの包み方を手取り足取り教えてくれたのだった。
因为我对邮票感兴趣,所以集邮家的舅舅为了我特意买了新集邮册,手把手地教给我揭下或用玻璃纸包邮票的方法。




日本の切手のほかに、インドやチェコスロバキア(当時)、アラブ首長国連邦アジュマンなど海外の切手も。
除了日本邮票以外,还有印度,捷克斯洛伐克(当时)和阿联酋阿治曼等海外的邮票。



伯父のは一枚一枚几帳面にセロファンで包んであるが、ずぼらな私は切手を入手してもただアルバムに挟むだけ、切手収集家失格であった。
舅舅用玻璃纸一张一张包得一丝不苟,可是我很马马虎虎,即使得到邮票也只插入集邮册,所以作为集邮家,完全不及格。


当時中国から届いた手紙に貼ってあった切手。切手をはがすと裏には糊の代わりに小麦粉かご飯粒をのばしてくっつけた跡があり、子ども心に生活環境の違いを感じた。
那时侯从中国收的信上贴的邮票。邮票揭下起来,背面有稀释面粉或米粒代替胶水粘上的痕迹,所以连孩子也感觉到生活环境的差异。



さらに中学に上がると、切手集めからはすっかり遠ざかってしまった。私のことを愛娘のように可愛がってくれた伯父もこの世を去って久しく、このアルバムが唯一の遺品となってしまった。
我上中学后,完全离开了集邮。像自己的女儿一样照料我的舅舅也去世了好久,这本集邮册成为唯一的遗物了。


ちなみに伯父はこんな感じの人であった。私が「この人、○○おんちゃんに似いちゅう」と言うと、「まだそんな歳やないがー!」とむきになっていたのを今でも覚えている。
顺便说一下,我舅舅的印象就是这样。我仍然记得,我告诉他:"这个人很像你"的时候,他生气说:"我还没有那么老啊〜!"。



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by nohohonvillage | 2010-01-13 23:43 | いにしえの

去年こんなものを捨てた

去年仍掉这些东西

よく言えば物持ちがよい、悪く言えばものぐさ(年末に大掃除はしない主義)なので、いつの間にか物が溜まってしまう。これも幸か不幸か、我が家は収納スペースが割とあるので、見た目は片付いているのだが、押入れの奥では使わない物が何年も放置され、ホコリを被っていたりする。
我往好了说是珍惜物品,往坏说是懒惰(年末不大扫除主义),因此东西不知不觉地成堆。不知是福是祸,因为我家的收藏空间比较大,所以表面上看收拾整齐,但是在壁橱里的东西置之不理好几年,落满尘土。

それでも昨年は『ガラクタ捨てれば自分が見える』という本に触発されてついに重い腰を上げ、数回に分けて在庫処分をやった。そしたら出るわ出るわガラクタの数々、それとともに自分の思い出もいろいろと蘇ってきた。
即使那样,去年在一本题名为《仍掉破烂儿就看得到自己》的书的刺激下,终于行动起来,分成几次清理库存。结果大量破烂儿接二连三地出来,同时我想起来各种各样的往事。

お目汚しになってしまうが、その際に撮った写真を記念としてここに載せておきたい。
对不起让您看到不好看的东西,不过我要作为纪念,在这里上载那时候拍的照片。

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まず、捨てたもの。
我先介绍我扔掉的东西。

3台目にして最後のワープロ、NECの「文豪」。まだフロッピー時代で「DOSに落として」「拡張子は?」なんてやりとりしてたっけ。当時モノクロ液晶ながら15万円近くした。5年くらいで液晶がダメになったけれど、それでも仕事に大活躍してくれたので、充分元は取ったと思う。
我最后买的第三台文字处理机;NEC《文豪》。那时侯仍然主要用软盘,我记得我们交谈过,如:"转换为DOS","后缀名怎么做?"。虽然它装单色液晶,但是价格接近15万日元。我用了5年左右,其液晶不行了。即使那样,它在我工作上大显身手,我觉得十分回收了成本。




これも買って4、5年めから調子が悪くなりはじめ、去年ついにおシャカになったCanonのプリンター。確か3万円近くしたなぁ。ちなみに、代わりに買った複合機は1万円ポッキリでした。
这台佳能打印机也是在我买了四五年后就不灵了,去年终于坏了。我买的时候价格接近3万日元啊! 顺便说一下,买的接替的复合打印机正好1万日元。



他にもガスコンロや掃除機、電気ポット、扇風機、トースター……など、壊れかけだったり、使わないのに置いてあるものを一気に処分した。といってもまだ古い家電がいくつか現役だったりするのだけれど。
另外也一口气地处理了燃气灶,吸尘器,电暖瓶,电扇,烤面包器──等不灵的或着不用而收藏的东西。即使那样,我家里陈旧的几台家电仍然是现役呢。


それから久々に防災袋をチェックしてたら、こんなものが!
我隔了好久确认防灾袋,发现了这种东西!:



「戦闘糧食 鯖生姜煮」、「カニチャーハン」とある。その昔、仕事関係でいただいたものを、何だかもったいなくて大事にとっておいた(当時お裾分けした友人によると「すごく美味しかった!」らしい) でも、いくら保存食でも十年前のものを味見する勇気はなく、やむなくゴミ箱へ。結局いちばんもったいないことになってしまった……、と反省しても後の祭りなのであるが。
袋子上写着:"战斗粮食 生姜煮青花鱼","螃蟹炒饭"。这些是以前有位有关工作的人给我的,不过我总觉得吃掉太可惜,所以珍惜保存着(那时侯我分赠给朋友,他说:"非常好吃!")。无论是可以存放的食品,也没有勇气品尝十年前的东西,不得不仍进垃圾箱。结果是最浪费的──现在这么检讨也已经晚了。

これは小学生のときデパートでやっていた「日中友好展」で母に買ってもらった純毛の羊ちゃん。今でこそ中国製品があふれているが、私が初めて手にした中国製品はこのぬいぐるみであった。だから、中国といって私がイメージする動物はパンダでなく羊だったりする。買って以来、ずっと机の上に飾っていたものの、さすがに汚れがひどくなったので、泣く泣くお別れすることにした。羊ちゃん、長年私のことを見守ってくれてありがとう。
这是我上小学时在百货店举办的《中日友好展览会》上我妈买给我的纯毛的小绵羊。尽管现在到处都有卖中国产品,可是我第一次拿在手里的中国产品就是这个布绵羊。因此,一提起中国,我就联想到的动物不是大熊猫而是绵羊。买了以后一直放在桌子上,不过它毕竟还是脏得厉害,结果哭着离别了。非常感谢小绵羊多年看护我。



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by nohohonvillage | 2010-01-07 23:38 | いにしえの

中華街、パンダの誘惑

在中华街碰上大熊猫的诱惑

昨年の春節以来、約1年半ぶりに横浜中華街を訪れた。前回はひとり歩きだったけど、今回はチャンヨツさんとの二人旅である。
去年春节以来我隔了大约一年半才访问了横滨中华街。上次我一个人去,这次与Chanyotsu女士两个人游。

関帝廟の入り口には開国博Y150ののぼりがはためいていた。
在关帝庙的门口随风飘扬着开国博览会Y150的旗帜。




二胡が上達しますように──線香の煙に巻かれながらお参りしていたら、係員らしきおじさんが親切に、「隣に(神様の)説明書いてあるからね〜」。
盼望我的二胡技术长进──我在线香冒烟中拜庙时,看来是主管人的大叔热情地说:"旁边有写着(神仙的)说明啊〜"。




廟を守る獅子。お金をガッチリ握って離さないあたりが、いかにも中国っぽい。
守庙的狮子。紧紧攥钱不放的样子实在是中国风味啊!




例の旅館オリエンタルもまだ健在でした。
那家东方旅社仍然在营业。




でも白昼のオリエンタルは心なしかちょっと恥ずかしげ。
不过,白天的东方旅馆好像有些害羞。




ところでキーワード「旅館オリエンタル」でこのブログにくる人が毎月何人かいるのだけど、どういう目的で検索してるんだろう。本当に泊まりたいのか、それとも恐いもの見たさなのか。
顺便说一下,每月有几个人检索关键词"东方旅社"而来本博客,因此我想:他们为了什么目的检索? 真的想住吗? 还是越害怕越想看吗?


お昼は、チャンヨツさんおすすめの台湾料理店にて青椒肉絲セットを平らげた。
中午去Chanyotsu女士推荐的台湾餐馆吃光了一套青椒肉丝客饭。




その後、服屋さん、雑貨屋さん、食材店、調理器具店……と、お気に入りの店を覗きながらぶらぶら。開国博の関係だろうか、街全体に活気がみなぎっていて、お店の人もいつも以上にフレンドリーだった。
然后,我们看着衣服店,杂货铺,食材店,烹调用具店等,溜达溜达。我不知道与开国博有没有关系,整个街道都充满着生气,店员也比平时更友好。




某家具店の階段に座る招き犬。上目遣いで「お二階へどうぞ」。
某家家具店的楼梯上坐着一条招福狗,它往上翻着眼珠说:"请上楼吧"。




ふわふわの毛をしたパンダは30万円余也。まさか剥製じゃないよね?
毛松软的大熊猫超过30万日元。决不会是剥制吧?




相変わらずパンダグッズをあちこちで見かける。ランバダ歌いながら散歩するパンダとか悶えながら宙返りするパンダとか、
和往常一样到处都看得到大熊猫商品。唱着《伦巴达》散步的大熊猫,扭动身子翻筋斗的大熊猫,




仁王立ちでおねだりするパンダとか、
叉着腿站立,闹着要求的大熊猫,




パンダまんを食らうカツオとか。それにしてもカツオ、随分大きくなったなぁ!(1年半前の写真
还有咬住大熊猫头的小鬼。即使那样,他长得相当大啊!(一年半前的照片



そうこうしてるうちに、いつしかパンダ枕を手にしたり、アンパン"ダ"マンのバスマットを見つめて買おうかどうしようか迷っている自分に気づいた。あぶないあぶない、今回もすんでのとこでパンダの罠に嵌まるとこだった。おそるべしパンダマジック!(実を言うと、故あって我が家にはランバダパンダが一頭いるのだが)
干这干那之间,我发现了自己不知不觉拿着大熊猫枕头或睨视看着《面包超"大熊猫"》浴室垫,犹豫买不买。这回也差一点上了大熊猫的圈套。大熊猫的魔法真厉害!(说实在的,因故我家里有一只《伦巴达》大熊猫)

あと、今回よく見かけたのがこのお方。なるほど、女心がパンダなら、男心はリーで、ときたか。でも売れてるのかなこのTシャツ。
这回我常看见的是这位人。原来如此,用大熊猫获女人心,那么男人心用李小龙获吗? 不过这种T恤很好卖吗?



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by nohohonvillage | 2009-07-14 22:25 | 日本

深セン怪しい店巡り

在深圳去奇怪的商店

深センに着いたらまず楽器店を見に行く。店のたたずまいは4年前に訪れたときと変わっていなかった。
到了深圳,首先去看乐器店。其格局与我4年前访问时没有变化。




二胡弓はじっくり品定めして2本購入した。
我对二胡弓好好加以品评后购买了2根。




これは古代の楽器のレプリカかな?(「柞鐘」と言うそうです。参考サイト
这是不是古代乐器的复制品呢?(据说是"柞钟"。参考网页




その後、ふらりととあるデパートに入ってみた。ここも天然石ブームらしい。
此后,我随便进入一家百货店。看来这里也是天然石热。




最上階へ行ってみると、そこはオール漢方薬!
上最上楼看看,所有的都是中药。




フロア全体に漢方の匂いが充満し、
整个一层楼都充满着中药味儿,




まったくの門外漢ながら、日本では目にできない光景にしばし興奮する。
虽然我对中药完全是个外行,但是在日本不能看到的光景暂时令人兴奋。




歩き疲れたので、お姉さんに招かれるまま茶葉店へ。
因为走累了,所以被一个小姐招呼,就进茶叶店去。




このお姉さん、言葉巧みに「うちの茶葉は他とは違う」とアピールするのだが、試飲してみると、どれも私の口に合わない。
虽然这个小姐花言巧语地宣传:"我们的茶叶和别的不一样",但是试饮起来,哪个都不合我的口味。




それでも最後に飲んだジャスミン茶がまずまずだったので、おみやげ用に50グラムずつ包んでもらった。ところが、帰国して1袋ずつ手にしてみたらどうも違和感がある。念のため秤にかけたら何と、全て40グラム前後、なかには35グラムのものまであった。セコい、セコすぎる……。これを読んだらあのお姉さんは「ここは中国。騙されるほうが悪いのよ、オーホッホッ!!」とでも笑うのだろうか。でも、日本だったら詐欺罪で逮捕だぞ!(本当は顔も撮ったし、名刺も持っている。公開したくてうずうずしているが、武士の情けで思いとどまってやる)
即使那样,最后喝的茉莉花茶还可以,所以我作为土产买,让她50克一袋分开包。不过,我回日本后一袋一袋地拿起来,总觉得合不来。为了确认,把它过一下秤,竟然都是40克左右,其中甚至35克的都有。那个小姐心胸太狭隘了──。如果她看这个,就会说:"这里是中国。受骗的你错了",哈哈大笑吗? 不过,在日本,你会因诈骗罪被逮捕!(说实在的,我拍摄了她的脸,还有名片,本来憋不住想公开,但武士有仁慈,打消那个念头)



前回来たときは気づかなかったが、深センにも地下街があった。ここは理髪店ストリートか。
上次来的时候没有注意到,在深圳也有地下商店街。这里是理发馆街吧?




でも理髪店にあるまじき乱雑さ。入り口で店員が喋りながらタバコ吸ってるし。
不过,理发馆不应这么乱七八糟。并且在门口店员边聊天边抽烟。




なぜこんなモノが? 不気味だ……。
怎么放着这种东西? 令人害怕──。




毒気に満ちた地下街を脱出し、食品を買いにスーパーへ(あー、ここは何てすがすがしいんだ!) で、こちらが中国の甘酒。米粒が見える。
从充满恶毒的地下商店街逃出,去超市买食品(哎,这里的空气多么清爽啊!) 这是中国的米酒,能看到大米粒。




好物の豆腐干はたんまり買い込んだ
我喜欢吃豆腐干,所以大量买进了




最後に羅湖商業城へ。ここも4年前と一見変わっていないが、全体的に品物の値段が高くなっていた。
最后去了罗湖商业城。乍一看来,这里也与4年前没有变化,可是总的来说,商品的价格贵了。




私がグリーンのチャイナを買ったお店も健在でした。
我买过绿旗袍的商店也还在营业。




それにしても、皆んなハデ!!
即使那样,哪件都是鲜艳!!






最終日は早朝香港国際空港へ。どんより曇って海も見えず、残念。
最后的一天,在清早去香港国际机场。由于天阴沉沉的原因,我不能看见海,很遗憾。




でも、上空で「ただいま台湾の上空を通過中」とのアナウンスがあり、見下ろすと……、あ〜、飛行機もぶらり途中下車できたらいいのに! 
但是,在上空听到了广播:"现在在通过台湾的上空",因此我往下看起来──,哎呀,坐飞机也可以顺便中途下车的话,多么好啊!




地球はやっぱり丸いなと思う瞬間。
这一瞬间我想:地球还是球形。



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by nohohonvillage | 2009-06-18 23:28 | 中国

香港の夜──夜店編

香港之夜──夜市篇

その後、夜店をひやかした。
此后我逛了夜市。




こういうところは、アイスを齧りながら歩くに限る(行儀悪いけど)。
这种地方,咬着冰激凌走最好(虽然没有礼貌)。




香港にも駄菓子屋があったとは!
我没想到在香港也有粗点心店!




無造作に置かれた鮮魚。
随便地放的鲜鱼。




香港も天然石ブームらしい。ただ日本と違うのはバナナの叩き売り状態なところ。
看来在香港也是天然石热。与日本不同的是像廉价出售香蕉一般地卖。




裸電球に雑多な屋台が照らされる光景は、何度見ても心が躍る。
没有打伞的电灯照五花八门的摊子的光景,看好几次也令人心跳。






脇の路地に入ると、仏具店が軒を連ねていた。皆さんキンキラキンで、いかにもお金にご利益がありそう。
我进入旁边的小巷,发现了佛具店鳞次栉比。 哪位都装饰得过于富丽堂皇,看起来确有钱的灵验。




香港の白猫。これから夜店にお出かけかな。
香港的白猫。它从现在起去逛夜市吗?



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by nohohonvillage | 2009-05-27 23:25 | 中国

香港の夜──港編

香港之夜──码头篇

「黄枝記」を出た後、腹ごなしも兼ねて港まで散歩する。中環駅からは長い連絡橋が整備されていた。
《黄枝记》后,兼带着消食儿到码头去散步。从中环站修建好了一条长连接桥。




この景色、4年前に九龍側から見たんだっけ。懐かしいな。
这景色是我四年前从九龙那边看到的。真令人怀念。




橋の下を見おろすと大規模埋め立て工事が進行中。後で聞いたところでは、この辺に公園をつくる計画があるのだとか(参考サイト)。
在桥的下面可以看大规模的填拓工程正在进行。日后我听到;这边有计划建造公园(参考网页)。




変化し続ける風水都市・香港の面目躍如といったところか。
这就是变化下去的风水城市;香港的面貌活现出来的地方吧。




中環碼頭Central Pierが見えてきた。遠目に見ると古そうだが、これも移転して新しく建てたものとのこと。
中环码头Central Pier可以看到了。虽然从远方看起来有点旧,但是据说它也是迁移后新建设的。




今回はスターフェリーはパスし、潮風に吹かれながらベンチでボーッとくつろぐ。でも船を見てるとやはり乗りたくなったりして。
这回我没有坐天星小轮,坐在长凳上被海风吹拂着发呆地休息。不过,我还是看着船就想坐了。




ふと振り返るとこちらを睥睨していたのが「国際金融センター2」のビル。1棟だけぽつんと建っているからだろうか、さながら宇宙基地のような浮遊感が漂う。
回头看起来,有一塔大楼《国际金融中心2》俯视着这边。我不知道是不是由于只有一塔孤零零地立着的原因,它有象宇宙基地那样浮游的印象。




百万ドルの夜景に別れを告げつつ、再び連絡橋を渡って駅へ戻る。
我告辞着一百万美元的夜景,再次渡连接桥回车站去。





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by nohohonvillage | 2009-05-26 22:26 | 中国

上海街と再びの黄枝記

上海街与再次去的黄枝记

今回の香港旅行の目的のひとつが、セイロを手に入れること。というわけで、やってきました上海街。
这回去香港旅行的目的之一是得到蒸笼。因此,我来到了上海街。




ネットでは「香港のかっぱ橋。調理器具が何でも揃う」と紹介されていたので、わくわくして来たのだが、規模的にはかっぱ橋の数分の一といったところか。
因为网上介绍"是香港的合羽桥。什么烹调工具齐全",所以我期待着来,可是看起来其规模是合羽桥的几分之一吧。




かっぱ橋は和洋中なんでもありだが、ここはやはり香港、中華料理道具一色である。
合羽桥中式西式日式都有,不过这里还是香港,卖的都是中式烹饪用具。




出番を待つ巨大中華鍋。
等待登台的巨大中式铁锅。




福、財、広……、めでたい漢字の抜き型。
福,财,广──、吉祥字的模具。




意外なことに、セイロを扱っている店は2軒しか見当たらず、そのうちでも質がよいものは1種類のみであった。でも何とか、安くて綺麗なセイロを入手できたのでとりあえず満足である。
出乎意料的是有卖蒸笼的商店只能找到2家,其中质量好的只有1种。但是我好歹得到了既便宜又漂亮的蒸笼,结果暂时感到满意。




それから、地下鉄に乗って懐かしのあの店へ。変化の激しい香港のこと、まだ残っているか少し心配だったが、果たしてやってました!
然后,坐地铁去了令人怀念的那家店。因为香港变化得很快,所以我有点担心那家是否仍然有,果然它在营业呢!




エビワンタン麺。んー、コレ、この味!
虾云吞面。嗯,就是这个味儿!




もう1品、今度は坦々麺を頼んだのだが、
我点了另一种,这次是担担面,




この平麺、いまいち私の口には合わなかった、残念。
不过,这宽扁面不太合我的口味,很遗憾。



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by nohohonvillage | 2009-05-12 21:50 | 中国

フシギ的日本的看板

不可思议的日式招牌

香港のすし店。「すじ」は「すし」の間違いだろうと思いきや、ローマ字でも「SUZI」と書いてある。店名自体に大した意味はないのだろうが、牛すじ、筋ばった手、その筋の人……、日本人としては思わずいろいろ連想してしまう。他にも2箇所つっこみどころアリ。
香港的寿司店。我以为这家店把"すし(sushi,寿司)"弄错成"すじ(suji,筋)",却发现了它用罗马字也写着"SUZI"(发音很象suji,不象sushi)。我想,餐馆的字号本身没有那么重要的意思,可是对日本人来说,不由得想起来各种单词,如;"牛筋"(牛蹄筋),"筋ばった手"(青筋暴露的手),"その筋の人"(当局的人)──。还有两个错误。




残念、正しいのは「カラオケ」のみ。もうすこしがんばりましょう。
真遗憾,只有"カラオケ"(卡拉OK)写得对。进一步要努力吧。




深センのスーパーにて発見。「蒸=steam 薯=potato」というわけで「すいじょうきじゃがいも」となったんだろうか*1。そういえば、陳皮梅の袋にも「味の集い」(意味不明)とあったっけ。日本製品っぽく見せるだけで売り上げがよくなったりするのかな?
我在深圳的超市里发现了这个。他们是不是认为:"蒸=steam 薯=potato",所以译成"すいじょうきじゃがいも"(すいじょうき[水蒸気]+じゃがいも[土豆])?*1 我想起陈皮梅的袋子上也有表示"味の集い"(味道的聚会?──意思不明白)。我不知道是不是只要装做日本产品给人看,就可以增加销售。




こちらは香港の吉野家。
这是香港的吉野家。




メニューやセット内容が日本の吉野家とはかなり違うようだ。「サーモンとびっこ丼」なんてのまである*2
日本的吉野家比较起来,菜单与客饭内容很不同。甚至《蟹籽三文鱼饭餐》都有*2。




香港の通りで見かけた工事の立看板。「不便之處,敬請原諒」とは、「ご不便をおかけして申し訳ございません」ぐらいの意味か。いかにも日本風のもの言いが面白かったのだが、念のためGoogleで検索したら14万2000件もヒット。どうやら慣用句としてすっかり定着しているようだ。
在香港的马路上看到的工程的立式招牌。"不便之处,敬请原谅"是"ご不便をおかけして申し訳ございません(使你感到不方便,很抱歉)"的意思吧? 我觉得,这说法很有日本风味,也有意思,但是为了确认,用Google查询一下,结果14万2000项符合了。所以我想,那在惯用词句中已经固定了。




某有名観光スポットの入り口付近に掲げられた垂れ幕。「今どき日本脳炎? 鳥インフルエンザはどうした?」とつっこみたくなったが、これも後で調べたら、中国では今でも年間2万〜3万人の日本脳炎患者が出ているそうな。とはいえ、わざわざ観光スポットに掲げて外国人観光客をギョッとさせることもなかろうに。
在有个很有名的观光地点的门口附近挂的悬挂标语。虽然我要提意见:"现在还在说日本脑炎?(现在在日本,很少人感染)。为什么不提禽流感?",但是这也后来查了一下:据说在中国依然发生一年2万〜3万的日本脑炎患者。即使那样,我想:真的需要特意在观光地点挂它,使外国游客大惊一下吗?





 *1:このお菓子、中国国内だけでなく、カンボジアインドネシアでも売られているようです。
 *1:这种零食,在中国国内不用说,好像在柬埔寨印度尼西亚也出售。

 *2:実際に食べた人の記事もありました。→コチラ
 *2:也有亲自吃过的人的文章:在这里

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by nohohonvillage | 2009-04-30 23:32 | 中国

故宮懐かしの味5連発

连续5次吃令人怀念的故宫的食品

先月、トンボ帰りで香港・深センに行ってきた。スケジュールがきつくて、ゆっくり買い物する時間はなかったが、スーパーだけはしっかりチェックし、故宮懐かしの味「康師傅」に再会。
我上月蜻蜓点水般地去了趟香港与深圳。由于日程安排得很紧的原因,我没有时间慢慢买东西,但是只有好好地看超市,又找到了令人怀念的故宫的食品《康师傅》




ついでに大豆食品もいろいろと。
顺便买了各种黄豆食品。




「康師傅」、今回は5袋入りを手に入れたので、週に1袋ずつ、約1カ月かけて完食した。
这回我得到了5袋一套的《康师傅》,一个星期吃一袋,花大约一个月都吃完了。

高菜とネギと布包豆腐。
高菜,小葱与布包豆腐。




イカとチンゲンサイの担々麺風。
墨鱼与青菜的担担面风味。




エビ、シイタケ、ホウレンソウ。
虾,香菇与菠菜。




ウィンナー、高菜、ジャガイモとコマツナ。豆乳を混ぜたら豚骨スープ風になった。
香肠,高菜,土豆与小松菜。汤里对豆浆的结果,象是猪骨头汤。




ネギ、キクラゲ、タマゴ。
小葱,木耳与鸡蛋。





その他のおみやげは……、
另外的土产是──,

わるいきれいなおねいさんのいる店*1で茶器と茶葉、
有个漂亮姑娘的商店*1里买的茶具与茶叶,




お茶請け用に陳皮梅や紅薯干、
作为茶食买的陈皮梅与红薯干,






念願のセイロ、
实现多年的愿望得到的蒸笼,




非常にアヤしい「100%ピュアシルク」パジャマ*2
表示根本不可靠的《100%PURE SILK》西式睡衣*2,




格安で売っていたバイオリン弓と二胡弓など。
格外廉价出售的小提琴弓,二胡弓等。




*1:わるいきれいなおねいさんの話はコチラ
*1:漂亮姑娘的故事写在这里
*2:帰国後に検証してやはり化繊混と判明。
*2:回日本后通过检查证实弄清了它还是用化纤的混纺。

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by nohohonvillage | 2009-04-21 21:07 | 中国

「江河水」の悲憤

《江河水》的悲愤

「江河水」という有名な二胡曲がある。江南テイストのたおやかな曲とも、馬が軽快に跳ねる曲とも違い、全編悲愴感に満ちている。演奏時間はたった6分あまりなのに、一回弾いただけでぐったりしてしまう。かといって気を緩めて弾くとまったく曲の体をなさない。楽譜の最後の段には「悲憤」という指示すらある。何に対する「悲憤」だろうか。曲の雰囲気からして、理不尽な原因で愛する配偶者か子どもを失った気持ちかと思ったが、念のためネットをあたってみたら、曲の背景を説明した文章(二胡の名曲「江河水」の演奏について[中国語])があった。
一首有名的二胡曲叫《江河水》,与江南风味的优美的曲子或马腾跃的轻松愉快的曲子不同,从头到尾充满着悲怆。演奏时间只有6分多钟,却只拉一次就精疲力竭。即使那样,如果疏忽地拉的话,曲子根本不成样子。在乐谱最后的一段上甚至"悲愤"的指示都有。是对于什么的"悲愤"? 从曲子的气氛来看,我想:它应该意味着由于不讲理的原因丧失爱人或儿女的心情,为了确认上网查了一下,结果看到了一个文章解释该曲的背景(谈二胡名曲《江河水》的演奏):

 乐曲以富有东北民间音东风格的曲调,描写了在万恶的旧社会,有一对恩爱的夫妻、丈夫被官府抓去服劳役,遭到百般虐待死于外乡,妻子闻讯,悲愤欲绝,来到当时送别丈夫的江边遥祭,对着滔滔的江水,嚎啕痛哭,用血和泪愤怒地控诉了旧社会统治阶段的滔天罪恶。
 曲は東北の民間音楽の特徴に富むメロディーを用い、諸悪はびこる旧社会のもと仲睦まじい一組の夫婦を描く。夫は官吏に連れ去られて労役に服すも、あらゆる虐待を受け異郷で死んでしまう。妻は報せを聞いて悲しみ憤り、命を断とうと思い、河辺で夫を送る葬儀の際、滔々たる河の流れを前に声を張り上げて泣き叫び、血と涙を流して憤りながら旧社会統治の大罪を訴える。


この後、演奏上の注意点が詳しく説明されており、大変参考になるのだが、それによると曲は三部構成で、妻が夫の訃報に接し嘆き悲しむ場面から、夫と二人で仲睦まじく過ごした頃を回想する場面を経て、再び現実に引き戻され悲しみ憤るも、最後はなすすべもなく河辺を離れ、その痛々しい面影が夜の闇のなかに消えていくところで終る。なるほど、これだけのマイナスの感情を芸術表現に昇華させるのだから、演奏時に並々ならぬエネルギーを消耗して当然である。
此后文章详细地说明演奏上应注意之点,很值得参考。根据该说明,曲子好像是由三部构成:一,妻子接到丈夫的的讣闻,悲叹的场面,二,回想两个人和睦地度过的时光的场面,三,被拉回到现实,感到悲愤,最后以她无可奈何地离开江边,其悲惨身影渐渐地消失在苍茫的夜色之中的部分结束。原来如此,既然把这么强的消极感情提高为艺术表现,演奏时消耗不寻常的精力也是理所当然的。

この「江河水」をつくった黄海懐は、かの有名な「賽馬」の作曲者でもある。後世にこれほど印象深い2曲を遺した人の生い立ちはどんなだろうとまた調べてみたら、ある学校のサイトに銅像の写真つきで経歴が紹介されていた(萍郷市第三中学「黄海懐の生涯」[中国語])
这个《江河水》的作者黄海怀,还是那个有名的《赛马》的作曲者。我想知道给后世留下了印象这么深刻的两个曲子的人有什么经历,又查了一下,发现了有所学校网页上介绍着他的经历,也有铜像的照片(萍乡市第三中学《黄海怀生平》):

 1935 年,当代著名的音乐教育家、二胡作曲家、演奏家黄海怀先生,诞生在我们萍乡城区。(中略)黄海怀先生,幼年丧父,家境贫寒,但自幼聪敏好学,尤其痴迷音乐,常常跑到剧场看戏、听音乐、学胡琴,是当时我们萍乡有名的"痴琴伢子"。入高中后,他更是刻苦练琴,几乎到了废寝忘食的程度。
 現代の音楽教育家、二胡作曲家、演奏家として名を知られる黄海懐さんは、1935年に私たちの町・萍郷に生まれました。(中略)黄海懐さんは幼くして父を失い、家は非常に貧しかったものの、小さい頃から賢く勉強ができ、とりわけ音楽には夢中で、よく走って劇場に行っては劇を見たり、音楽を聴いたり、楽器を習ったりして、当時は町で有名な「楽器馬鹿小僧」でした。高校に入学してからは、さらに楽器の練習に打ち込み、寝食を忘れるほどでした。 


1955年に20歳で中南音楽専科学校(現武漢音楽学院)に入学した彼は極めて優秀な成績を収めて、母校で教えることとなり、1959年に「賽馬」を作曲、1962年には二胡独奏曲「江河水」を発表して成功を収めた。その後も音楽事業に身を捧げたものの、1967年、文化大革命により無実の罪を着せられ、わずか32歳で世を去っている。作曲家・演奏家としてだけでなく教育家としても将来かなえたい夢が人一倍あったろうに、理不尽にもその前途を断たれた彼の悲憤はいかばかりだったか、とても想像できない。
1955年,他20岁时,考入中南音乐专科学校(现武汉音乐学院),因成绩优异而留校任教,1959年创作了《赛马》,1962年发表了二胡独奏曲《江河水》,得以成功。虽然此后也献身了音乐事业,但是1967年在文化大革命满含冤屈离世,年仅32岁。他不仅是作为作曲家或演奏家,而是作为教育家,比一般人应该多有将来要实现的梦想,却以不讲理的理由被切断了前途,感到多么悲愤,我怎么也想像不了。

そして、ある二胡のサイトには「私の父・黄海懐」(黄波著)という投稿(中国語)が載っていた。幼くして父・黄海懐を亡くした黄波さんは、父の黄ばんだ写真を見たことから1979年に父の足跡を探す旅に踏み出すが、最も見たかった墓は時が経ちすぎたために、なかなか探し出せない。果たしてやっと墓碑を目にしたときの思いを、黄波さんはこう書いている。
在某二胡网页上有一个投稿题名为《我的父亲黄海怀》(黄波著)。黄波很小时候他父亲黄海怀去世了,以看到父亲的泛黄的照片为开端,1979年踏上了探寻父亲的经历之路。不过,他最想看看的墓,由于时间过了太长的原因,很难找到。最后好容易才亲眼看得到墓碑的心情如何,黄波先生这样描写着:

 (墓碑是)一个约20公分宽、30公分高,刻着“黄海怀之墓”的方石头,斜靠在一个杂草丛生的乱石头堆里。我的眼泪一下子流了出来,这就是给了我生命,创作了《赛马》《江河水》的父亲的归宿吗?
 (墓碑は)幅20センチ、高さ30センチくらいの、「黄海懐之墓」と刻まれた四角い石で、雑草が生い茂る乱雑な石置き場で倒れかかっていた。私の目からはたちまち涙があふれ出た。これが私に命をくれた父、「賽馬」や「江河水」を創作した父の終の住処なのか。


黄波さんはその後、1987年に父の郷里・萍郷の麻山に墓を建て、2005年には父が通った萍郷三中の創立80周年に合わせて校庭に3メートルの銅像(写真)を建てている。2007年には父の没後40年を記念して、連続テレビドラマが制作されたり二胡コンクールが催されたとあるので、長い時間と息子の尽力を通して黄海懐の名誉はようやく回復したということだろう。
1987年,黄波先生在他父亲的故乡萍乡的麻山上修建了墓,2005年,在他父亲读书的萍乡三中学成立80周年之际,在校园里修建了一座三米高的铜像(照片)。据说2007年,为记念他父亲逝世40周年,制作了电视连续剧,举办了二胡比赛,所以我觉得:通过很长时间与他儿子的努力,黄海怀的名誉终于恢复了。





さて、こちらは二胡の大御所・閔恵芬の「江河水」。魂を揺さぶられる演奏である。
这是二胡大师闵惠芬的《江河水》,是动人心弦的演奏。

http://6.cn/watch/4496713.html


よろしければ彼女の「賽馬」もどうぞ。二胡をやって間もない頃に初めて見ていたく感動した(日記)のだけど、今久々に見てもやっぱりしびれるなぁ。
如果有兴趣的话,她拉的《赛马》也请听一下。我刚开始学二胡的时候第一次看到这个,非常感动(日记[日文]),现在隔了好久再看,还是被它所陶醉啊!

http://www.56.com/u27/v_MzE3MDU1MzY.html

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by nohohonvillage | 2008-05-14 08:34 | 二胡