猫別料金につき、見ざる。

因猫是另付钱的,不看了。

日光東照宮は修学旅行で来て以来、2度目の訪問である。世界遺産に指定されてさぞかし賑わっているだろうと思っていたら案の定であった。
日光东照宫是我修学旅行以来的第二次访问。我认为:由于指定为世界遗产的原因,那里应该多么热闹,果然不出所料。

まず日光山輪王寺宝物殿を見て、裏手の1200年の歴史を持つと言われる日本庭園「逍遥園」を散策。
先看日光山轮王寺宝物殿,然后去里面的日本式庭院《逍遥园》。听说该院子有1200年的历史。

池や石灯籠を配した庭園


池のほとりでエサを売っているせいか、足音を立てると鯉が喜んで寄ってくる。
不知道是不是因为池子的旁边在卖鱼饵,一有脚步声,鲤鱼就高高兴兴地靠近来。

色とりどりの錦鯉


こちらは随分お年を召しているようだ。
这位看来年纪相当大吧。

大きな錦鯉のアップ


表門をくぐると、徳川家康が関ヶ原の戦いで乗った馬を奉納したとされる神厩舎が見え、同時に修学旅行の思い出も蘇ってきた。そうそう、あのときもこの砂利道を歩いたっけ。
走进表门去就看到"神厩舍"。据说江户时代的初代将军德川家康在这里供献过胜利战争时骑的马。我一边看它,一边想起修学旅行的回忆。对了,那时侯也走在这条砂石道。

厩の上にはかの有名な三猿が、「見ざる、聞かざる、言わざる」
马厩上坐那些有名的三猴子,意味着:"不看,不听,不说"

三匹の子猿


修学旅行では三猿しか見てなかったが、実は厩をぐるりと囲んで、その一生が彫られていたのだ。
修学旅行时我只看三猴子,其实马厩的周围都有雕刻,雕出来猴子的一辈子。

たとえば、
「母親は子どもの将来までも考えている」
如,
"母亲连孩子的将来都考虑着"

子を抱き遠くを見る母猿


「二人で力を合わせれば、世の荒波も乗り越えていける」
"如果两个人共同努力,就能克服人生间的艰苦"

波の上の猿と手を差し伸べる猿


どのお猿さんも生き生きとして、今にも飛び出してきそうであった。
哪只猴子都雕得活泼泼,看来快要飞出来。

本殿に通じる唐門は文字通り中国テイスト満載。晴れていたらもっと派手だろうな。
通到本殿的唐门如字面那样,充满中国风味。要是天晴朗的话,应该更鲜艳吧。

霞む木々と東照宮の屋根

屋根の裏にもきらびやかな塗りが


そのいっぽうでいかにも日本的な石灯籠が立っていたりするから不思議だ。
另一方面,象是日本的石灯笼也站着,看起来有点奇怪。

苔やシダをかぶった石灯籠


この先に大人気の猫がいるのだが、見るだけで別料金を取られると聞いて「まぁいいや、昔一回見てるし」と入るのをやめた。といっても、このへんで猫の寝顔より思い出すのは、白人の老夫婦に英語で話しかけられ、発音を褒められて皆んなして色めきたったことだったりするから、記憶なんていい加減なものだ。しかし、今再び歩いてみると中国語を話す観光客のほうが圧倒的に多いようだ。
这里头有一只很受欢迎的猫(雕刻),但是听到还需要另付钱,我想:"那算了,我以前看过它一次",不进去了。在这里我先想起来的却不是猫的睡脸,而是一对白人老夫妻用英语招呼我们的:听到他们说我们的发音好,我们都轰动起来——,记忆是这么马虎的东西啊! 但我又走这里发现了:现在说中国话的游客绝对多了。

207段の石段を上ると徳川家康が眠る奥社がある。前はここまでは来なかったっけ。
207级石头台段的那边有德川家康安息的奥社。我以前好像没有来过这里。

長い石段と杉の木


踊り場から一枚。何となくあの世から下界を眺めている気分。
从休息台拍一张:总觉得从黄泉瞧着下界的心情。

眼下に石灯籠群


再び下界へ下りて杉並木の道を散策。
再次下到下界,散步在杉树林阴道。

こぬか雨の参道と杉並木


沿道の杉はどれも大きな老木で、時間があれば1本1本眺めたいほど風情があった。
沿道的杉树都是又大又老,真有趣,令人想:有时间的话,希望仔细看每棵树。

杉の大木と苔むした根


苔むした根元には小さなシダが両手を広げている。
根上长了青苔,小羊齿在张开双手。

苔の上に生えるシダの幼苗

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by nohohonvillage | 2007-11-16 22:36 | 日本