ふるさと

故乡

「ふるさと」と聞くと中国人は魯迅の名作を思い出すかもしれないが、日本人ならまずこの歌を口ずさむだろう。私とて例外ではなく、去年約10年ぶりに生まれ故郷である高知県本山町に帰省し、青々とした四国山脈と清らかな吉野川の流れを見て脳裏を巡ったのはやはりこの歌であった。
一听到“故乡”中国人可能会想起鲁迅的名作,但日本人首先会诵这首歌「ふるさと」(furusato)。我也不是例外:去年大约阔别10年之后回到我出生的故乡高知县本山町,看到青绿的四国山脉和吉野川的清清的水流时萦回于脑海的还是这首歌。


あるサイト
によると、「ふるさと」は岡野貞一が1910(明治43)年、東京音楽学校(現東京芸術大学)助教授時代に賛美歌のメロディにヒントを得て作曲したものだそうだ。作詞は長野県に生まれ苦学して東京音楽学校の教授になった高野辰之で、「ふるさと」は高野の故郷・信州の風景を描いたのだといわれている。
根据有个网页,「ふるさと」是冈野贞一1910年当东京音乐学校(现东京艺术大学)副教授的时候从赞美歌的旋律得到启发作曲的。作词的是出生于长野县,刻苦学习后当上东京音乐学校教授的高野辰之。据说他在「ふるさと」里描写他的故乡,信州的风景。

私は二胡仲間とともにボランティアで老人ホームをまわっているが、この「ふるさと」を弾くと皆さんしみじみと歌われ、なかには涙ぐむ方もいらっしゃる。100年近く前に生まれたひとつの歌が、一瞬で違う世代同志の気持ちを結びつけることは不思議でもあり嬉しくもある。
我跟二胡朋友自愿去养老院演奏:我们拉这首「ふるさと」的时候大家都感慨地唱歌,其中也有唱着眼泪往往的。近乎100年以前产生的一首歌可以把不同世代的心情转瞬即结合起来的事实一方面有点奇怪,另一方面令人高兴。

「ふるさと」に限らず、よい歌は永く歌い継がれてほしいと思う。
我希望好歌——不仅限于「ふるさと」被世世代代唱下去。

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ふるさと 曲を聴く(※リンクするとすぐ曲が流れます)
故乡 听曲子(*一连接就放音)
 
うさぎ追いし かの山 追赶过兔子的那座山
こぶな釣りし かの川 钓过鲫鱼的那条河
夢はいまも めぐりて 现在还在梦中见到
忘れがたき ふるさと 忘不了的故乡

いかにいます 父母  如何好吗,我的父母?
つつがなしや 友がき 平安无事吗,竹马之友?
雨に風につけても   每逢刮风或下雨
思いいずる ふるさと 就想起来的故乡

志を 果たして    我希望总有一天
いつの日にか 帰らん 实现理想后能回去
山は青き ふるさと  回到山青翠的故乡
水は清き ふるさと  回到水碧绿的故乡


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        私のふるさと 我的故乡
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by nohohonvillage | 2006-09-11 21:26 | 日本